ゴン麹 酔いどれ散歩千鳥足 <野望と無謀>

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空の上で再会。 小布施での思い出

会いたいと願えば会える。
今まで、この人にいつか会いたい、話がしたいと思っていると
ヒョンな出来事で会えるチャンスが訪れる。

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セーラー・マリー・カミングス。
彼女もそのひとりだ。
長野県の小布施にある桝一市村酒造場の取締役として、雑誌やテレビに取り上げられてきた。
彼女のことを知ったのはもう10年前。
ある雑誌で、金髪の女性が酒を造っているという見出しが目にとまったときである。

はじめは外国人が単なる好奇心で酒蔵にはいったんだろうという色眼鏡でみていた。
でも色々な記事を読んでいくうちに、そんな自分が恥ずかしくなり、
いつかお話を聞いてみたいとも思ったのである。
さて、そんな機会が突然やってきた。

昨年、某雑誌の地域活性化の特集で、
セーラーさんにインタビューをするチャンスがまわってきたのだ。
酒メインではなかったが
話をきいているうちに、桝一市村酒造場での酒造りも、
彼女が目指す世界に入っていることに気づいた。

「日本は世界でも稀にみる素敵な文化、習慣、そして自然が残っている場所。なのにその素敵なものに気づかず、いや、当たり前のようにおもって大事にしようという気持ちが低いですね。世界からみるとなんてもったいないことを思いますよ。だから私は日本の在るべき姿に戻しただけです」
そう話す彼女は小布施という町で様々な改革、いや新古復の変化をおこしていったのである。

まずは桝一市村酒造場にて。
彼女が蔵にきてまず驚いたというのが琺瑯やステンレスのタンクが並んでいたことだったそうだ。

「日本の話を聞いたり、本で読んだなかで、日本酒は木桶で造られている光景を目にしてきました。ひと昔まで日本酒は木桶で造られていたはず。でも今はほとんど琺瑯かステンレス。なんで木桶にしない?と質問しても誰もが?という顔をする。よくよく聞いてみたら、酒質の問題や造り手の手間がかかるから琺瑯かステンレスになったんだという。たしかに便利よくなり、酒質など安全性も高くなったと思うけど、これでは日本酒独特の文化、桶の文化が消滅してしまうんじゃないか。これはまずいと思ったから、周りに声をかけたのに、はじめは誰も相手にしてくれなかったですね。そんなことをして何になるんだと。木桶そのものがこの世から消えてしまう重大性に日本人、気づいていなかったんです」。

周りに相手にされないとき、日本人ならどうしただろうか。
いや、その前に恥ずかしくて周りに声を大にしていわないんじゃないだろうか。
相手にされないと、不安が強くなり、逃げてしまうんじゃないだろうか。
でもセーラーさんは違った。今、何か始めないといけないのだと思い、行動したのである。

桝一市村酒造場には大杜氏がいた。
彼は15歳の頃から酒造りをし、蔵にはいった最初の10年間は木桶を酒をつくっていたそうだ。
そのことを聞いたセーラーさんはこれは偶然ではなく、必然的な出会いだと考えた。
「木桶造りの記憶を持っている人がいる。これは奇跡にちかかった。偶然だったのかもしれないけど、まるで桶造りを残せというなにかの使命が動いているようにしか思えなかった。
この思いを実現させるためにはどうするべきか。
まずは桝一市村酒造場で木桶仕込みの酒を復活させることと共に、
日本全国の酒蔵に木桶仕込みの酒の復活を呼びかけたそうだ。
また、日本酒だけに限定せず、日本独特の食文化、味噌・醤油・漬物など醗酵文化を生かす活動へと展開させたのである。

ただ木桶を作る職人は年々少なくなり、もはや片手で数えるしかいないのも現実。
色々勉強し、調べれば調べるほど、職人を増やすことの難しさを知ったという。
「酒蔵のように木桶を注文したり、手入れをお願いする仕事先が増えると桶屋は生活できるけど、そのときの酒蔵は木桶はほとんど使っていないから、桶屋の仕事はほとんどない。酒蔵の木桶って酒蔵だけのものじゃないんですよ。使わなくなった桶は味噌や醤油の生産に再利用されていた。日本は昔からきちんとリサイクルできる文化があったんですよ」

大量生産大量消費という大波がきた日本。
そのときにさらわれてしまったかつての日本がもっていたリサイクルという概念を
セーラーさんは見つけ出したのだ。
「木桶を一から揃えよう、作ろうとするとものすごくお金がかかります。それに二の足を踏んだり、諦めてしまう人が多いけど、出費するお金の損失なんて一時のものなんですよ。私たち外国人が感じるすばらしい日本文化が消えてしまうほうが、大きな損失なんです。こんな素敵な習慣や文化を次世代に伝えないことのほうがよっぽど大損することですよ」

セーラーさんの熱意は桝一市村酒造場の蔵元、大杜氏を動かした。
昔、蔵でお世話になっていた桶屋で新しい木桶を五本つくり、木桶造りを復活。
すると、大阪の桶屋が彼女のもとを訪れるようになったという。
「日本酒には桶が極めて重要だったことや桶屋さんや桶職人の世界の深刻な状況が分かりましたの。だから桶仕込保存会を設立しました。だって保存しないと消えちゃうでしょう」。

桶仕込み保存会を設立。
微笑みながら話すセーラーさん。ついつい私達日本人なら、仲間を増やし周りに根回しをしながら、形を整え設立しようと動いてしまう。でも彼女は必要だ!と思ったと同時に行動しているのだ。
だから流れが早い早い。

木桶造りをしている酒蔵も今日、増えてきている。
そして木桶で醸す独特の味わい、香りを好む酒好きもどんどん増えてきた。
どこか懐かしい!と思うのは日本人のDNAに刻まれた記憶なのだろうか。
和食はもちろん、洋食や中華との相性もよく、そして料理に負けることはない。
もしかしたら彼女が桝一市村酒造場で木桶造りを復活させなくても、誰かが復活させていたのかもしれない。日本全国、どこかの蔵で木桶造りを続けていた蔵もあっただろう。
それでもセーラーさんがこれはなくしてはならないものだと本能で感じ、
周りを動かした結果、私達は忘れかけてきたかつての日本文化を思い出させてくれた。
彼女の行動は酒造りだけではない。
小布施を中心に様々な事業やイベントを手がけている。
その行動に反発する人もいるだろう。
地方にいけばいくほど、頑な場所も多い。
自分のことだけが大事で周りおかまいなしという日本人も増えている。
それでも彼女は「どうして?楽しいよ。面白いし、みんな元気になれるよ」と笑顔で話をするのだ。

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人懐っこいといえば人懐っこいのであろう。
そして押しが強いといえば押しが強いのであろう。
彼女と話をしているとき、いらだつ自分もいた。
それは自分でもわかっているところをつっつかれたときだった。
さもそれをわかっていると、虚栄を張っている自分が後ろめたくなりいらついていたのだ。

彼女はそれも見抜いていた。

「日本人は素敵な人達です。優しいと思います。でもプライドも高い。プライドも大事だけど、無駄なプライドをもっているだけ損ですよ。素敵な日本を未来に残せるのは日本人なのだから」。

青い目をした彼女がそういったとき、恥ずかしいという気持ちというよりは、パシャっと水をかけられた気分になっていた。
さも日本のことを知っているという頭でっかちの自分をかちわってもらえたのだ。

彼女と合ったのは昨年。
きっと今年も彼女は様々なことに目をむけ、小布施の地から色々発信しているのだろう。

「人は伸びるだけじゃだめ。カオスが必要。他人との交流、文化との交流、自然との交流、対流すべきものですよ」

彼女はそういってくれた。対流をすることで思いは形となるのだと。
長野県小布施町。日本人に日本を気づかせてくれるセーラー・マリー・カミングスさんは今日も笑顔で歩いているのだろうか。

東京への帰りの飛行機内の放送で彼女の姿をみたとき、
彼女との対談を思い出してしまった。

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追伸:小布施には彼女がプロデュースする飲食店もいくつかある。以前、蔵部にもお邪魔した。
by gon1442 | 2013-07-12 09:20 | 日本:日本酒 | Comments(3)
Commented by taka at 2013-07-18 00:59 x
残念ながら小布施堂は退社されました。今年のマラソンも大会委員長を途中で放棄しました。マスコミや彼女のパフォーマンスは虚像に満ちたものです。熱い思いをさますようで申し訳ありませんが。。。
Commented by gon1442 at 2013-07-27 10:30
>takaさん そうなのですか。昨年、マラソン大会の話にもなり、面白いよとお話くださっていたのですが。
Commented by taka at 2013-07-28 22:57 x
マスコミの伝え方と実際がいかに違うかを検証するにはいいかもしれません。悪い事もいいようにかくのがライターの腕であり、それを鵜呑みにしてしまうのが今の読者ですから。

酒呑み&放浪虫一匹が世界中の酒を飲むために東西南北奔走する。フリーライターという職業といいながら、その正体は……ただの呑み助&食いしん坊な一匹麹


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